ReCent Medical News
December 2023
危険選択における心臓バイオマーカー
引受リスクの管理は生命保険会社にとって欠くことのできないものであり、伝統的なアンダーライティングと自動化されたアンダーライティングの両方で様々なリスク領域が評価されている。
図1: アンダーライティング・ペンタゴン ハノーバー・リー
図2:原因別疾病負担総額のシェア(世界、2019年)[1]
疾病又は傷害のサブカテゴリー別に障害調整生存年数(DALY)で測定した総疾病負担。DALYは、早死によって失われた生命年数と障害を抱えながら生きた年数の両方から、疾病の総負担を測定する。1DALYは健康寿命の1年分の損失に相当する。
注:非感染性疾患は青、感染性疾患・妊産婦疾患・新生児疾患・栄養疾患は赤、傷害は灰色で示す。
IHME, Global Burden of Disease (2019) - https://ourworldindata.org/burden-of-disease | CC BY
図3:給付タイプ別の保険金請求割合 ハノーバー・リーによる南アフリカ市場調査 2015~2022
心血管系のリスクや疾患を可能な限り早期に特定する上で、心臓バイオマーカーの役割は重要性を増しており、治療効果の指針とモニタリングにおける役割も拡大している。これらを前提として、心臓バイオマーカーであるNT-ProBNPと高感度トロポニンは、新しい検査として臨床的有用性が確立されている。
本稿では、危険選択における2つの最新心臓バイオマーカーの役割について述べる。
心臓バイオマーカー
心臓バイオマーカーは、血液中のタンパク質であり、心臓の損傷や心臓病を示す。
生命保険の観点からは、これらのバイオマーカーは心血管イベントや心血管系死亡率の予測だけでなく、全死因死亡リスクも評価できるため、死亡保険や生前給付における利用を視野に入れるべきである。
NT-ProBNP
脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は当初脳で同定されたが、主に心臓、特に心室から放出されるホルモンである。プロホルモンのProBNPが開裂されると、生物学的に活性な32アミノ酸のBNPと生物学的に不活性な76アミノ酸のNT-ProBNPが生成される。NT-ProBNPはより安定したマーカーであり、心臓バイオマーカーとして最も広く利用されている。
活性ホルモンであるBNPは、ストレスや圧力の上昇に反応して心室や心臓の下部から放出され、分解産物であるNT-ProBNPはより安定しているが不活性である。心筋細胞のストレスと圧力の上昇を引き起こしNT-ProBNの上昇をもたらす可能性のある心臓疾患及び関連疾患の例を以下に挙げる [3]。
- 高血圧や糖尿病などの代謝性疾患
- 心臓弁膜症
- 心筋症
- 先天性心疾患
- 不整脈
- 体液量過剰
- 心筋梗塞
- 肺高血圧症
- 心不全(上記の病態の進行の結果となることが多い)
NT-ProBNP値は心不全や心室機能障害を有する患者において、あらゆる原因による死亡、心血管死、再入院や心イベントなどの転帰に対する強力な予後情報を提供することが研究により示されている [4][5] 。健康集団や心血管危険因子を有する集団においても新たな研究によりこのことが証明されている[6] 。
NT-ProBNP検査が臨床現場でより利用しやすくなるにつれて、心血管系リスク・疾患を有する患者の管理における臨床的有用性が確認されつつある。死亡率と罹患率を予測する予後予測能力に疑問の余地はない [6]。
広範な文献調査は本稿の目的ではないが、NT-ProBNPの上昇が死亡率に及ぼす影響を示す公表されている文献の中で保険ベースの研究1件が特に注目に値する。下の図4に示すように、心疾患の有無にかかわらず、保険被保険者でNT-ProBNPの測定値が高くなるにつれて死亡率が上昇することがわかる[7]。
図4:NT-ProBNP上昇が死亡率に及ぼす影響 [7]
Fulks, M., Kaufman, V., Clark, M. and Stout, R.L., 2017. NT-ProBNP predicts all-cause mortality in a population of insurance applicants, follow-up analysis and further observations. Journal of Insurance Medicine, 47(2), pp.107-113.
ハノーバー・リーでは、生命保険加入被保険者を対象とした独自の前向き研究を実施し、また一般集団を対象とした後ろ向き分析も行い、NT-ProBNP値の上昇は複合心血管系疾患イベント*及び全死因死亡率の上昇と確実に相関すると結論付けている。
したがって、保険の観点から、NT-ProBNPは、被保険者が保険に加入できないと判断する特定の評点において心血管系疾患を連続的に予測することを可能にする評価ツールとして使用することができる。
*脳卒中、心不全、冠動脈疾患(CAD)、冠動脈バイパス術(CABG)、不整脈、心筋梗塞、弁膜症、狭心症、血栓症、塞栓症、動脈瘤。
図5:NT-ProBNPを用いたリスク評価分類
高感度心筋トロポニン (hs-Trop)
トロポニンは骨格筋及び心筋線維に存在するタンパク質の一種で、心筋においては筋細胞の収縮をもたらす。
一般に心臓バイオマーカーと呼ばれるトロポニン検査は、主に心筋梗塞の診断に役立つだけでなく、同様の徴候や症状を伴う他の疾患を除外するために臨床医によって実施が求められる。トロポニンI(Trop I)又はトロポニンT(Trop T)検査のいずれかを実施することができる。臨床医は定義されたカットオフ値に基づいて、その結果を患者の評価と管理に用いることができる。
hs-Tropの検出可能レベルは、米国心臓病学会(ACC)及び米国心臓協会(AHA)のACC/AHAステージA心不全患者だけでなく、一般集団の一見健康に見える人でも証明されている。
従来のトロポニンが一般に心筋壊死と関連し、顕著に上昇したレベルでのみ検出されるのに対し、高感度トロポニンははるかに低いレベルでも検出される。さらに、高感度トロポニンは、心筋壊死/虚血、左室充満圧の上昇に起因する心筋壁ストレス、炎症性サイトカインの増加、酸化ストレス又はカテコールアミンの増加、直接的な細胞破壊などの心筋細胞傷害に応答して、全身循環中に放出される[17] 。
表1: 異なるhs-TropTレベルの相対死亡リスク [12][13][14]
For study 1 derived from data corpus by van der Linden, N., Klinkenberg, L.J., Bekers, O., van Loon, L.J., van Dieijen-Visser, M.P., Zeegers, M.P. and Meex, S.J., 2016. Prognostic value of basal high-sensitive cardiac troponin levels on mortality in the general population: a meta-analysis. Medicine, 95(52). 34
For study 2 derived from data corpus by Sze, J., Mooney, J., Barzi, F., Hillis, G.S. and Chow, C.K., 2016. Cardiac troponin and its relationship to cardiovascular outcomes in community populations–a systematic review and meta-analysis. Heart, Lung and Circulation, 25(3), pp.217-228. 35
For study 3 derived from data corpus by Oluleye, O.W., Folsom, A.R., Nambi, V., Lutsey, P.L., Ballantyne, C.M. and ARIC Study Investigators, 2013. Troponin T, B-type natriuretic peptide, C-reactive protein, and cause-specific mortality. Annals of epidemiology, 23(2), pp.66- 33
したがって、保険の観点からは、NT-ProBNPと同様に、hs-TropTも被保険者が保険に加入できないと判断する特定の評価点で心血管系疾患を連続的に予測することができる評価ツールとして使用することができる。
図6:hs-TropTによるリスク評価分類
NT-ProBNPとhs-TropTの併用
NT-ProBNPとhs-TropTを併用すると、将来の罹患率や死亡率の予測力はさらに高まる。
Hillis et al.による研究 [15] では、2型糖尿病患者において、NT-ProBNPとhs-TropTの両値がその後5年間の心血管イベント及び死亡のリスク上昇と強く関連していることが示された。
Nguyen et al.による別の研究では、研究参加者を12.4+3.8年間追跡した結果、非糖尿病群と糖尿病予備群/糖尿病群に分け、両バイオマーカーと従来の危険因子を併用することで、民族的に多様な集団における心不全発症及び心血管系疾患総イベントのリスク予測が改善することが明らかになった[16] 。両方のバイオマーカーがコホートの中央値より高値の場合、心不全と心血管系疾患イベントを単独で予測したが、両方のバイオマーカーが中央値より高値であった組み合わせは、両群で心不全と心血管系疾患の発症の予測において有意に優れていた。グルコースの状態に応じて、両方のバイオマーカーが中央値以上である場合と中央値未満である場合の組み合わせの調整ハザード比を下表に示す。
表2: 血糖状態に基づく心不全及び心血管系疾患の発症相対リスク [16]
Nguyen, K., Fan, W., Bertoni, A., Budoff, M.J., Defilippi, C., Lombardo, D., Maisel, A., Szklo, M. and Wong, N.D., 2020. N-terminal Pro B-type natriuretic peptide and high-sensitivity cardiac troponin as markers for heart failure and cardiovascular disease risks according to glucose status (from the Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis [MESA]). The American journal of cardiology, 125(8), pp.1194-1201.
NT-proBNP値の中央値は54.6 pg/mL、Hs-cTnT値の中央値は4.5(pg/mL)であった。
アンダーライティングにおける心臓バイオマーカー
NT-ProBNPとhs-TropTバイオマーカーを現在の保険引受モデルに組み込むことで、幅広いケースでリスク予測が向上すると考えられる。
1. 標準的な保険引受要件(年齢と保証された保険金額に基づく)
保険会社は一見健康なに見える人を対象にスクリーニング検査を行う。これらの検査は、未診断や無症状の疾患をスクリーニングするため、また生命保険被保険者の逆選択(不健康な人ばかりが加入するようになる選択)を避けるために行われる。検出可能な疾患が見逃された場合、死亡率や罹患率に影響を与えることが懸念されるためである。
病状の見逃しが実予期比率(A/E)に与える影響を分析すると、スクリーニング検査が実施されなければ保険会社は損失を被ることになる。これは特に保障額が高いほど深刻で、下表のとおりである。A/Eが100%を超えると、損害の出る保険であることを示す。すなわち、支払保険金が受取保険料を上回る。
表3:引受時のスクリーニング検査で発見されたであろう病状の見逃しによる保険金支払い実績への影響
このようなさまざまな想定されるケースから、病状を見逃した場合の影響が大きいことがわかる。そのため、生命保険被保険者を対象にスクリーニング検査を実施している。
一見健康に見える被保険者が、心電図や負荷心電図などの様々な検査を受ける場合、心臓バイオマーカーは、検出できる心臓病理の範囲が広いことから、追加検査として、又は心電図や負荷心電図の代用として使用できる。さらに、心臓バイオマーカー血液検査は、ECGやストレスECGよりもはるかに簡単に実施でき、解釈も容易である。
2. 将来の心血管系疾患のリスクがある被保険者
一般的な人の肥満、高血圧、コレステロール上昇、インスリン抵抗性、糖尿病、非アルコール性脂肪性肝疾患などの代謝不良の有病率は増加している。特に、潜在的な心血管系疾患が何年も発覚せず、従来の検査では判明しない可能性があるという事実を考慮すると、これらの代謝性疾患のいずれかを有する被保険者はリスク評価の一環として心臓バイオマーカーを導入すべきである。
3. 既往の心血管系疾患を持つ被保険者
幸いなことに、これらの被保険者は、特にNT-ProBNPのような心臓バイオマーカーを主治医が管理に導入することが多くなってきている。しかし、既知の心血管系疾患を持つ被保険者は、必ずしも評価の枠にきれいに収まるとは限らない。評価法の多くは好ましい特徴と好ましくない特徴の両方を有しており、心臓バイオマーカーの追加は客観的で一貫性のある方法でリスクを区別し、区分する上で重要な役割を果たすと考えられる。
ハノーバー・リーでは、上記の想定で心臓バイオマーカー使用のためのガイドラインをhr│Ascentで開発した。これらのガイドラインは現在南アフリカで使用可能である。
まとめ
- 生命保険会社にとっては医療リスクを可能な限り正確に評価することが必要不可欠である。
- 一見健康に見える被保険者に対して保険会社が行うスクリーニング検査は、無症候性/未診断であるために病状を見逃す、又は被保険者が保険会社に対して逆選択的となる場合に発生する予期せぬ保険金請求のコストを考慮すると重要な役割を担っている。
- 心臓バイオマーカーは、心血管イベント、心臓特異的死亡率、全死因死亡率を予測する臨床的に有用な検査である。
- 心臓バイオマーカーは、様々なシナリオで医療リスク評価において重要な役割を果たす。
- 年齢と総合的な判断により、危険因子が明らかになっていない人を選択した場合
- 心臓リスク因子を有する被保険者
- 心臓病が判明している被保険者
- ハノーバー再保険南アフリカは、リスク評価に心臓バイオマーカーを組み込むためのhr-Ascentガイドラインを開発した。
心臓バイオマーカーについて詳しくお知りになりたい方、またリスク評価にどのようにバイオマーカーを取り入れることができるかをお知りになりたい方は、お近くのハノーバー・リーの専門家までお問い合わせください。
作成者
Dr Matthew Procter
Chief Medical Officer and Head of Medical Services
Hannover Re South Africa Limited
参考文献
- Max Roser, Hannah Ritchie and Fiona Spooner (2021) - "Burden of disease". Published online at OurWorldInData.org. Retrieved from: 'https://ourworldindata.org/burden-of-disease' [Online Resource]; Institute for Health Metrics and Evaluation, Global Burden of Disease (2019)
- Hannover Re South Africa – Market Analysis 2015-2022
- Colluci, WS, Chen, HH. Natriuretic peptide measurement in heart failure. In: UpToDate, Post, TW (Ed), UpToDate, Waltham, MA, 2023.
- Anand IS, Fisher LD, Chiang YT, et al. Changes in brain natriuretic peptide and norepinephrine over time and mortality and morbidity in the Valsartan Heart Failure Trial (Val-HeFT) Circulation. 2003;107:1278–83. 9
- Goetze JP, Christoffersen C, Perko M, et al. Increased cardiac BNP expression associated with myocardial ischemia. FASEB J. 2003;17:1105–7. 9
- Hussain A, Sun W, Deswal A, et al. Association of NT-ProBNP, blood pressure, and cardiovascular events: the ARIC study. J Am Coll Cardiol. 2021;77:559-571
- Fulks, M., Kaufman, V., Clark, M. and Stout, R.L., 2017. NT-ProBNP predicts all-cause mortality in a population of insurance applicants, follow-up analysis and further observations. Journal of Insurance Medicine, 47(2), pp.107-113.
- de Lemos JA, Drazner MH, Omland T, Ayers CR, Khera A, Rohatgi A, Hashim I, Berry JD, Das SR, Morrow DA, McGuire DK. Association of troponin T detected with a highly sensitive assay and cardiac structure and mortality risk in the general population. JAMA. 2010;304:2503–2512. doi: 10.1001/jama.2010.1768. 22
- deFilippi CR, de Lemos JA, Christenson RH, Gottdiener JS, Kop WJ, Zhan M, Seliger SL. Association of serial measures of cardiac troponin T using a sensitive assay with incident heart failure and cardiovascular mortality in older adults. JAMA. 2010;304:2494– 2502. doi: 10.1001/jama.2010.1708.
- Gori, M., Senni, M. and Metra, M., 2017. High-sensitive cardiac troponin for prediction of clinical heart failure: are we ready for prime time?
- Ledwidge, M., Gallagher, J., Conlon, C., Tallon, E., O’Connell, E., Dawkins, I., Watson, C., O’Hanlon, R., Bermingham, M., Patle, A. and Badabhagni, M.R., 2013. Natriuretic peptide–based screening and collaborative care for heart failure: the STOP-HF randomized trial. Jama, 310(1), pp.66-74. 20
- van der Linden, N., Klinkenberg, L.J., Bekers, O., van Loon, L.J., van Dieijen-Visser, M.P., Zeegers, M.P. and Meex, S.J., 2016. Prognostic value of basal high-sensitive cardiac troponin levels on mortality in the general population: a meta-analysis. Medicine, 95(52). 34
- Sze, J., Mooney, J., Barzi, F., Hillis, G.S. and Chow, C.K., 2016. Cardiac troponin and its relationship to cardiovascular outcomes in community populations–a systematic review and meta-analysis. Heart, Lung and Circulation, 25(3), pp.217-228. 35
- Oluleye, O.W., Folsom, A.R., Nambi, V., Lutsey, P.L., Ballantyne, C.M. and ARIC Study Investigators, 2013. Troponin T, B-type natriuretic peptide, C-reactive protein, and cause-specific mortality. Annals of epidemiology, 23(2), pp.66- 33
- Hillis, G.S., Welsh, P., Chalmers, J., Perkovic, V., Chow, C.K., Li, Q., Jun, M., Neal, B., Zoungas, S., Poulter, N. and Mancia, G., 2014. The relative and combined ability of high-sensitivity cardiac troponin T and N-terminal pro-B-type natriuretic peptide to predict cardiovascular events and death in patients with type 2 diabetes. Diabetes care, 37(1), pp.295-303.
- Nguyen, K., Fan, W., Bertoni, A., Budoff, M.J., Defilippi, C., Lombardo, D., Maisel, A., Szklo, M. and Wong, N.D., 2020. N-terminal Pro B-type natriuretic peptide and high-sensitivity cardiac troponin as markers for heart failure and cardiovascular disease risks according to glucose status (from the Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis [MESA]). The American journal of cardiology, 125(8), pp.1194-1201.
- Omran, F., Kyrou, I., Osman, F., Lim, V.G., Randeva, H.S. and Chatha, K., 2022. Cardiovascular biomarkers: lessons of the past and prospects for the future. International Journal of Molecular Sciences, 23(10), p.5680.
The information provided in this document does in no way whatsoever constitute legal, accounting, tax or other professional advice. While Hannover Rück SE has endeavoured to include in this document information it believes to be reliable, complete and up-to-date, the company does not make any representation or warranty, express or implied, as to the accuracy, completeness or updated status of such information. Therefore, in no case whatsoever will Hannover Rück SE and its affiliated companies or directors, officers or employees be liable to anyone for any decision made or action taken in conjunction with the information in this document or for any related damages.
© Hannover Rück SE. All rights reserved. Hannover Re is the registered service mark of Hannover Rück SE.
Imprint Disclaimer Data privacy
If you need further information or would like to send us feedback, please feel free to get in touch.